共存/2月24日

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1年間で必要なお金、生きる上で十分なお金はどの位かは
よくわからないけれど
家族が1年間、お腹いっぱいになれるご飯の量はわかる。

でも田んぼをする一番の目的は食うためじゃない。

田んぼをするのに、鍬しか使わないのは
ただお金をかけたくなくて
できる限り誰にも何にも頼りたくなくて

でも手作業をする目的は単なるトレーニングじゃない。

田んぼに子どもを連れていくのは
子どもたちに土に触れてほしくて
生き物に触れてほしくて
五感に深く響く感動を味わってほしいから。

でもその感動を一番欲しているのは自分自身だけど。

今日僕はひとり、泥にまみれながら
鳥、虫、獣、草木、花(ジブリかぐや姫の物語の中の唄)を夢中で追っていた。
子どもたちはそんな僕の近くで
鬼ごっこをしたり、ボールで遊んだり。
お互い近くにいながら、まったく違う次元にいるようだった。
僕はたまに彼らの気配を感じながら、ときに見失いながら
子どもたちの傍にいた。

きっと子供らにとってもいい距離だったのではないか。
子供の延長線上に大人がいるというのは大きな勘違いで
子供と大人は異なる次元で生きている。
同じ平面にいることはない。
今日もこうして棚田で上から下から眺めてみると、それがよくわかる。

もし僕が食うために
もし僕がトレーニングのために
もし僕が子どもたちのために
田んぼをしていたら、
こんなふうに子どもたちと異なる次元で過ごすことはできなかっただろう。

共存とはこんなことを言うのだろうか。
性別年齢文化風土種族が多様にそれらが共存できるとしたら
それはこんな方法かもしれない。

子どもたちが真に楽しめる場所と時間を与えてやりたい。
今日それが少しできたような気がした。
僕が田んぼに向かう理由は、多様な異なる次元をつくるため。
棚田はそんな使い方ができる。
田んぼ3年目、田んぼをやっていて一番嬉しい日でした。

2020.2.24家族, 自給自足