てのひらワークス通信【百掌往来 2020年8月号 No.1】

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こんにちは。てのひらワークス小林智行です。

【百掌往来】はてのひらワークスからみなさんへのお手紙です。
読んで捨てるもよし。返事を書くのもよし。友人に送るのもよし。
江戸時代は、往来物とよばれる教科書が1000種類以上存在したそうです。
その中身は先生と生徒の往復書簡。有名なものは大工の教科書【番匠往来】があります。
ですが、【百掌往来は】靴づくりの教科書にするつもりはありません。
これを続けながら、成るように成る。と思っています。
日々の仕事や暮らしで気付いたこと、疑問に思ったこと、お節介なこと、ぽっと点いた独り言のような火種です。そのまま静かに消えていく前に、他の誰かを温めたり、灯が増えたりして、役に立てることがあるかもしれません。読んで聞いてくれるだけで十分有り難いです。
靴に関するご意見も、百掌往来のご感想もよかったら
tenohiraworks.kobayashi@gmail.comまでメールをください。

2020年8月31日(月曜日)
てのひらワークス通信【百掌往来】の第1号をお届けします。
ひとまず3年続けることを目標にしています。
どうぞお楽しみください。

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百掌往来 2020年8月号 No.1

【1】 百掌往来 vol.1「手の届く範囲で」 
【2】 手考足想 vol.1「ファーストシューズ」 
【3】 私の一足 vol.1「包む靴」

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【1】百掌往来 vol.1 「手づくりの営み」―――文・山崎敦史 小林智行

《山崎敦史さん》
漠然と憧れていたものづくり。靴作りに仕事として関わることで何より驚かされたのは、その工程にある動き一つ一つが、すべて自分への問いかけであり、自らを知る瞬間に溢れているということでした。知らなかった良い面を知るのであればいいけれど、かねてから危惧していた動きや思考の癖をまざまざと突きつけられることの方が圧倒的に多く、驚きとともに反復する日々です。でも、そこに難しさと深さと面白みがあるんだろうと感じています。これが現在の、僕の「ものづくり観」です。
てのひらワークスのWSで作った靴は、自分の靴だと実感できた初めての一足で、その履き心地は、自分の革靴観や、自分と革靴との距離感を変えた経験でした。
僕はWSで得た「感覚」が何よりの収穫でした。自分が抱く、ものづくりへの憧れがどこからくるのか分かった気がしたからです。日々の食べ物、日々の衣、日々の生活空間、お金を使って入手して手元にあれど、自分との関わりが薄いことに違和感や、物足りなさがずっとあったんだなと再確認しました。仕事であれなんであれ、自分の手が届く範囲で、手で触って、関わって生活を営んでいきたい、そんな風に思っています。
《小林智行》 
ものづくり、特に靴づくりに僕がハマってしまった理由は、自分は器用で他人より優秀だと思い込んでいた自分の鼻を見事にへし折ってくれたからでした。思うように手が動かない、良い方法が思い付かない、本当に何もできない自分でした。その悔しさが20年続けられる原動力になっていると言っても過言ではありません。僕もついつい自分の悪いところばかり目がいってしまうのですが、そんななかでも良い仕事に気付けた時は、酒でも飲みたい気分になります。
「自分との関わり」はとても大事な感覚だと思いました。何かを得る時、その代償が必要だと思っています。責任を持つとか、手間をかけるとか。
だから、苦労して手にしたモノは簡単には手放すことができないもの。
自分の手でつくったものなら尚更です。生活も自分の手でつくっていきたいですね。

【2】手考足想 vol.1「ファーストシューズ」 ―――文・小林智行

長男がはじめて歩いた時の事を、実は僕は覚えていない。
その瞬間が確かにあったはずだけど、覚えていない。
次男の時は、そろそろ歩きそうだなという予感があって
あとは、彼のもとに恐怖心より好奇心が勝る瞬間が来れば、と待ち構えていた。
その瞬間はいまでも覚えている。
僕らも余裕があったのだ。
長男はその瞬間が明日なのか1年後なのか、もしかしたら来ないのか。
とにかく一寸先もみえない道を怯えながら歩んでいた僕らには
彼が初めて歩いた日の事を素直に喜ぶことができず、子育ての記憶はほとんど残っていない。
それでも覚えていることもある。
ファーストシューズだ。
長男が初めて履いた靴は、僕がつくったものではなく
靴下とゴム底がくっついたような作りの虹色模様の靴だった。
たしか11.5センチくらいだったと思う。
購入したのはたまたま立ち寄ったショッピングモール。
歩行はまだまだ未熟だけど、つかまり立ちなども頑張っていた時期で
とりあえず準備のつもりで購入した。
我が子がこの生で初めて履く靴がこれでいいのか、
動悸が激しくなるほど、その靴をレジに持っていくまで
すさまじい葛藤だった。
その時の僕には、
1500円の靴よりも今の彼に相応しい靴をつくれる自信はなかった。
それで自分の無力さに心が折れ、仕方なく購入したのだった。
でも、購入して正解だった。とても役に立った。
転んでもケガしない芝生の上を、手を繋いで歩く練習ができた靴。
今はもう手元にはないが、その鮮やかな虹色の靴の記憶は残っている。
我が子に履いてもらいたくて、お腹にいる時から
僕らは手作りの13センチと14センチのファーストシューズを用意していた。
全く使わなかったわけではないが、それらはほとんど活躍することがなかった。
その時の我が子にとって、相応しいものではなかったから。
靴は、事前に用意できるものじゃなかった。
子育ては毎日予測不能だった。
前述のとおり。一寸先は闇。というのが僕らの初めての子育てだった。
でもこのファーストシューズの経験で
僕は大切なことに気付くことができた。
天気予報がいまだに当たらないこと。
地震予測も出来ないと言われていること。
それと同じように
子育てに100パーセントはない。子どもは自然だ。
子どもたちは、空を流れる雲のようだ。
母なる海から誕生した小さな雲は
風を受け、雨を降らし、太陽にたくさん照らされるだろう。
僕はそれを見守るだけ。
自分がしてやれることはない。与えられるものもない。
逆に僕はいろんなものを彼らから頂いている。
自然(子ども)と戯れる喜怒哀楽を頂いている。
雲を掴むことができなくても
空が良く見える場所、雲に近い場所へと僕は歩いていこうと思った。
遮るものがないところ。
風の声。雨の匂い。太陽の温もりをより感じられる場所へ。
1年後、子供がどんなふうに成長しているかなんて
わかるはずもない。正直、ひと月先さえ怪しい。
だからこそ今日の我が子。明日の我が子。
一番大事なのは、目の前の我が子を見失わないことだ。

【3】 私の一足 vol.1「包みこむ靴」 ――文/写真・小林恵子 小林智行

≪小林恵子≫
「私は自分の靴は持っていない」。
というと大げさではありますが、半分は事実。理由は靴屋を営んでいるからなのです。
皆さまのご希望の靴に応えるべく、日々靴づくりをしているとついつい没頭し過ぎてしまい、気付くと自分の履く靴が、ない。
とりあえず普段から皆さまにおつくりした靴から諸事情で手元に残った靴を勉強のため
履いているのです。
その中で一番私のくらしにしっくりくるのが包む靴です。
この靴の内側は袋のように足を丸々と優しく包みこむ特徴のあるつくりになっています。
これがとても履き心地が良いのです。
子どもの出産後の女性の身体はとても変化します。出産後は私も開帳足という足の前方にある横アーチが崩れて歩く度に痛みがありましが、そんな時もこの「包み込む靴」はとても有効です。
今は子どもも少し手がかからなくなりましたが、年齢を重ねてきた現在の私の足は包み込んで労わってくれる靴、あまり重くない靴が喜ぶようになりました。
包む靴はそんな私になくてはならない靴なのです。 

≪小林智行≫
言い訳させてもらうと、妻に靴をつくってあげていないわけじゃないのです。ただいつも初めてつくる靴ばかりで、完成しても、職業病が発症し、ここをもう少し改良したら良くなるとか、どうしても向上心や探求心が勝ってしまって、いつまで経っても満足することがあり得ません。それでもちゃんと満足してもらえるまで、取り組むべきなのに、ついつい待ってくれる妻に甘えてしまう。でも、もういい加減終わりにしたいと思います。
ここに宣言します。「1年以内に彼女に彼女のための靴を贈ります。」またこの場で報告します!
妻が好きな「包む靴」は、僕の師が作っていた革製の義足から着想を得て生まれました。シリコンやFRP素材のものが主流になるなか、「君の師がつくる革製の義肢が一番いいんだ。代わりをつくれる人は他にいないよ。」と話す嬉しそうな使い手の方の表情を今でも覚えています。皮革万能主義のかなり偏った考え方かもしれませんが、お客様と師の深い信頼関係をとても羨ましく思えたのでした。
 
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あとがき
今日は8月29日。吉備中央町円城も35℃を超える酷暑日です。
すでに稲刈りをしている田んぼも見られます。
豪雨が降ろうが、酷暑が続こうが、稲は逞しく精一杯生きようとしています。
当たり前のことですが、愚痴ひとず言わずに一生懸命に種を残そうとしいています。
それを手助けることが僕の務め。
僕の田んぼの稲刈りももうすぐです。無事に収穫できますように。
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2020.8.31百掌往来