Memorize at your own Will/5月31日

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夕飯後、気付くと、多聞が僕の本を読んでいる。(読めていないので見ている。)
今日、吉備中央町の特別支援学校説明会でのスピーチを前に僕が読み返していた岡潔の「一葉舟」。
文字が好きなのかな。読めないはずなのに、ページをめくってみている。どんな気持ちなんだろう。
昨年、大人が読んでいる本がかっこいいと言って、僕の本を「ちょうだい!ちょうだい!」とせがまれたことがあったことを
思い出した。その時もちょうどこの本だった。きっとまた本棚の手前にあったこの本が目にとまり、その時の気持ちを思い出したのだろう。面白いところをちゃんと記憶しているもんだ。
このところ記憶力がいいなと思っていたら、ちゃんとこの本の61頁に書いてあった。
「記憶には、2種類ありまして、小学校へはいる1年前から小学校1,2年ごろは非常にある意味で記憶が良い。このころの記憶力は、無努力の記憶です。だから意志的努力はしないのです。その後また小学校5,6年ごろから、第2の記憶力が伸びてきます。この記憶は意志的努力を欠いては覚えられないのです。」
また意志が発達するということは、心がキチッとしまり、身体の芯が太くなる。ということも書いてある。
多聞はもともと無努力の記憶というのがとても苦手だった。そもそも意志的努力なしでは記憶できない。
最近身体が強くなり、身体に筋金が通ってきた。それと同時に記憶力もとても発達している。
だから、もうすでに小学校5,6年の意志的努力の段階にも差し掛かっているような気もする。
多聞。自ら意志的努力まで身に付けたか。
君が重度脳障害があるかもしれないと、産まれてすぐに病院で言われたことを今でも覚えている。
君のその身体はある意味凡人以上の努力を必要とする。その君の今世の課題に心から尊敬したんだよ。

2019.5.31家族